目覚めると音のない世界
雨戸の隙間から虹色の光が射している
あけていく雨戸越しの光のなかで
静思の肌が鈍く輝く
その部屋はそんなふうに朝を迎えるんだね。
君は僕を置き去りにしてその部屋を出ていく
新宿区高田馬場一丁目から東京メトロ東西線早稲田駅まで
上り坂があり下り坂がある
就活の面接に急ぐスーツや
パールの首輪をつけた喪服を
追い越しながら 坂を上り坂を下る
そして東西線の中に埋め込まれた連絡路を越え
非戦闘地域と戦闘地域のあわいに入っていく
朝の非戦闘地域から誰もいない戦闘地域へ
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誰も到来しない早旦の戦闘地域に
几帳面に並べられた幾万もの屍躰
時計のない屍躰が
体重順に整列させられている
左腕のある者にはなるべく左腕に近い場所に
十一桁の携帯電話番号が
水性マジックで書かれている
人知れない市街通路を指さす掌の先の
十一桁の携帯電話番号を
横目で見ながら君は通り過ぎていく
遠くから聖者の行進が演奏されている
雨に唄えば、も聞こえてくる
でも、ここには聖者はやってこないよ、雨も降らないよ
***
サンキューここがレニングラード
非在の豊島区高田レニングラード・カウボーイ
盲目の給仕がピストルを撃ちながら
ワセダビールとチョコナッツ
無政府主義的コカコーラ
ステレオからオレンジレンジが
鼻音で口ずさむコマーシャル・ラップ
ビートニク、そしてコカコーラ
サンキューこれがフィクション
千葉県浦安市堀江三丁目からJR京葉線新浦安駅まで
アトリエの角からアイコの脇を抜け
水郷を渡り踏切を待つ
待ち切れず幹線道路を渡り
戦闘地域から非戦闘地域へと入っていく
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耳を澄ますと 思いこされる景色がある
九月のサマーセーター ピアス 入眠剤 アロエ ピーナッツ
晩夏の日差しに輝く大河に架かる
橋を渡って僕に会いに来る
女の屍躰に話しかけてみる
九月は残酷極まる月だな。
女の屍躰が応える
ここじゃ九月なんて四月とたいして変わらないのよ。
君はなにかを想い出そうとしていた
なにを忘れようとしていたか忘れられない
ただなにかを忘れようとしていた
電子音だけがはっきりと残っている
銀幕が切り取られ宙に浮かぶ恋だとしたら
棺桶とは切り取られて宙に浮かぶ死だ
*****
君たちはそれぞれの場所で
それぞれに目醒める
だから僕に追いつくことはない
たとえ 公転の速さで歩いたとしても
君たちには結局のところ
待望したような必然が起こりそうな
場所に出かけていって待望したような
必然が起きるのを望むことぐらいしかできない
薄ら昏いバスの車内で愛する電波が
君たちの疎遠なコトバをちかづける
君たちの疎遠な対話をちかづける
よく壊されたガラスの向うには
輝ける時間が逆流している
アウェイに流れる速度が君たちの距離を性交させる
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僕はかつて暖房のある食堂で
嘔吐をしながら
街の中に入っていく話を
君にしていたね
レニングラード・カウボーイたちは
ポロシャツに防弾チョッキ型の
汚染みをつけた男で
ロックンロールの炎の向うで缶ビールを開けている
僕もやがて優しすぎる夫となり
優しすぎる父親となり
優しすぎる屍躰になるだろう
この世界では生きた者たちだけがいつまでも
優しく生きつづけ
死んでいる者たちだけが死につづけている
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背徳の読書を中断して外に入ったとき
世界は橙色に見えるだろう
アナザー・オレンジ・ワールド
書物から虚構に戻ってくるとはそういうことだ
内装だけ設計されたビルのすりガラスに
基盤工事をする男たちの働く姿が映る
フリーウェイを飛ばすカーステレオからオノ・ヨーコ
愛はあせらず、タコメーターに注意せよ
なぜ木の葉は揺れないのか
そんなことを思いながら
思考だけが照葉樹林に入っていく
木漏れ日のなかで
僕に会いたかった
会いたいんだ僕に もういちど
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遅延は力だ
君はつよくそう思う
大きな硝子の破片が皮膚を裂き
骨を砕き
外皮に突き刺さる様を感じる
まず左足に
そして胯間に
つよくそう感じる
短い時間をかけて化学物質が
屍躰に浸透されていくのを
感じる つよくそう感じる
その家の前には錆びついた螺旋階段が内部に通じていて
豹の灯を模した提灯がホールを照らしていた
君を大河を渡って僕に会いに来ようとするだろう
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アナザー・オレンジ・ワールド
我々が最も軽易すべきことは
出血を伴わない痛みだ そして
見えないところで現実は閉じられていく
その愉悦を快楽を記憶するために
あるいは記憶しないために
我々は何をすべきか そして
見えないところで現実は 閉じられていく
僕らは二千年とかのあいだ
終われやしない夏のなかで
しばしば不眠の夜を過ごす
アナザー・オレンジ・ワールド
君は僕に会いに来る 今から
君が僕に会いに来る