Jazz&audio           
第5回

   
CDトランス試聴会
石井宏一

試聴会といってはいるものの、ここはあまり肩の凝らないオーディオ談義ということで、かんたんに実行できそうな企画で進めてみたいと思っています。
残暑も猛烈な8月14-15の両日、私と当店のマスターに加えて、神谷氏、宮本氏の4人で、CD用トランスの試聴会を行いました。今回の試聴記は、理屈にこだわらず印象を優先してお伝えしましょう。
ソース
1.ヘンゲ・リエン・トリオ「スパイラル・サークル」(新譜DIW-627)
2.マイルス「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」
CDプレイヤー
フィリップスLHH1000
1.タムラ-HM-1
2Wライン用アウトプットトランスです。インピーダンスが5kΩ:600Ωなので、昇降比は約2.9:1になり、本来は600Ω側を出力にして使うもので周波数帯域は50から10,000ヘルツと広くはありません。
JAZZ「映画館」ではアウトにアッテネーター(ATT)を入れ、古いソースを聴く時などに使っています。
全体にバランスが良く、良くも悪しくもクセのない音でまとまっています。少し欲をいえば、余韻がもう少しゆったりとしていてほしいところです。

2.タムラ-A351

マスターが制作途中のまま休眠しているアンプのインターステイジ・トランスの一つで10k:10k+10kとインピーダンスの大きなモノです。全体に重苦しい感じがあって、低音部が抜けて中域にこもった感じがあります。それでいて高域は突然飛び出してくるという印象です。長所は張りつめたようなエネルギー感があることだけです。
3.WesternElectric REP91A
神谷氏が最近愛用しているウェスタンエレクトリック製のトランス(構造はトランスですが、本来はリピーティングコイルといっています)です。
2つのトランスがひとつの分厚い堅牢なアルミ鋳物のケースに収納された珍しいもので、中身は最近パーツショップなどでよく見かけるようになった111Cと同じものといわれていますが、確証はありません。
本来の111Cは、ここに略図とスペックがあります。(スペルミスは多いですが)
111Cと同じならパーマロイ・トロイダル・コアで、周波数帯域は30から15,000ヘルツと、近年のオーディオ用トランスに比べると狭いですが、全体にハリのある、なかなか艶やかな音です。ピアノの響きなどは帯域の狭さが災いしてか、余韻が断ち切られるような鳴り方ですが、聴き心地は悪くはありません。
4.WesternElectric C31-237
今回神谷氏のトランス111Cとの比較でもっとも関心の集まった製品です。
電話線の中継に使われていたといわれる昇圧トランスで、鉄のトロイダル・コアで111Cと同じ堅牢なケースに入っています。
高域は割とスムースに出てきますが、低域や音が重なってきたときに濁りがあって、奥行きや広がりに乏しいという印象です。そうした欠点がありながら、中域はバランスよくまとまっているという感じです。
5.WesternElectric TF40XYY(GS56987)
宮本氏が知り合いから入手したという製品です。本来は通信機に組み込まれていたもののようで、持ってこられたときの状態は、アンプの回路として組み込まれていたのか、チョークコイルのように作動するような結線になっていました。このままでは濁った感じがあって、オーディオ用として利用するには少し無理なようなので、結線を変えて、単純にトランスとして作動するようにしたところ、高域の伸びやかさが出てきましたが、低域は濁ったままで、やはりオーディオ用としては無理でした。
6.カンノ(型番不明)
九州は小倉のメーカーで、本業は通信や制御機器で、経営者の趣味が高じてオーディオ用トランスを手がけたといわれています。スーパー・パーマロイ(ニッケル80%程度の高級な磁性材料)コアのトランスを主力にしていて、管球アンプの製作者には高く評価されているものが多いと聞いています。
今回試聴のものは唯一CD用と謳っている製品で、大型の円筒のケースに収まっていて、価格も相当なものです。
結論からいうと、帯域はそこそこ広く、全体にバランス良く鳴らしていますが、音の輪郭がボケ気味で、低域がもたついた感じがします。
ほかの同社製品については知りませんが、パーマロイというご威光ほどではないという感じで、安ければ使ってみるという程度です。
7.JS JS-16001

私が現在愛用しているものです。会社が消滅してしまいましたが、かのオルトフォンにも供給していたといわれるデンマークのメーカーです。
直径33mm高さ44mmと、小さなものです。
音の雰囲気は、スマートにまとまって、高い解像度があり、微妙なニュアンスを深く表現しています。全体に少し細身の印象がありますが、良くも悪しくもCDの音を素直に濾過したような雰囲気です。欲をいうと低域に少し重厚感がほしいところです。

なぜトランスがCDの音を改善するのか
手元に『CDデジタルオーディオ使いこなしテクニック』(誠文堂新光社、MJ無線と実験編集部編、昭和60(1985)年5月15日)という、いささか古いムック(雑誌スタイルの書籍)があります。
CDが発売されたのが1982年、10万円以下の普及機が登場してきたのが翌年の秋です。CDは今でこそ音楽ソフトの主流となっていますが、80年代半ばでは、待望の普及機が登場してきて、ソフトも充実してきたのに、どうしてもCDプレーヤーが売れない、というオーディオ業界の悲鳴がありました。
この特集に、管球アンプと関連部品のショップ経営者として知られる森川忠勇氏が「段間トランスを用いてCDプレーヤーの出力をパワーアンプへ接続」という記事を寄せています。
ここで著者は、CDについて「アナログ・マニアに言わせてもらえば、音が平面的で、奥行き感がない、輪郭がはっきりしない、言われているほどに定位がよくない、決定的なのは聴いていて楽しくない」といっています。
CDプレーヤーも現在では大きく進化してはいるのですが、今でもこの『映画館』のJAZZファンもほぼ同じことを仰る方が多いのです。
私はJAZZファンといえるほどの者ではありませんが、かつてトランスなしでCDを聴いていた経験からいうと、森川氏の評価に加えて、高域にざわついた感じがあるのと、全体の響きにまとまりがない、音量を上げても音が前面にせり出してこないという印象をもっています。
この記事によると、段間トランスをCDプレーヤー出力に接続してからアンプに入力すると、音質が向上するというアイデアは、五十嵐一郎という方が『ラジオ技術』誌上で発表したものだそうです。
この記事では、理論的にどうしてトランスを介在させると、CDの音質が向上するのかという説明がなされていていて、管球アンプの設計者らしく入出力のインピーダンスに着目しています。私はさまざまなトランスをさまざまなシステムに挿入した印象から、むしろ、フィルター(ノイズカット)効果のほうが大きいと考えています。

最後に

今回は、必ずしもオーディオ用とはいえないトランスも試してみましたが、結果は選択次第ではそれなりに使えるものもあるといえます。
トランスは単純な部品ですが、材料の選択や加工、巻き方など細かなノウハウが詰め込まれています。私見ですが、その国のオーディオ技術は、トランスの品質をみれば水準がわかるとさえいえます。
91年8月号の『ラジオ技術』にオーディオ部品の特集が組まれていて、小宮好勝という方が、プロ用の小型トランスを紹介しています。そのなかで、ベイヤー(ドイツ)、マリンエア(イギリス)、ジェンセン(アメリカ)といったメーカーのものが、安価で優秀であるといっています。
高度な技術が詰め込まれている割には、一度製造技術が確立してしまうと、製造コストが小さいため、高性能のものでも値段は安い、というのがトランスなのです。
森川氏の記事でもピアレス、トライアド、UTCといった名品を試されています。
残念ながら私はこれらの製品を使ったことはありませんが、機会があれば多くの製品を入手して、続編でも企画しようと思っています。

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