赤い月が滲んでいる青山通り
ぼくは 背中に 空をはりつけ損なって
ぽっかり穴のあいたからだを ゆらしていた
片方の手は 乾いた海へ埋めてきた
もう片方の手は 地下鉄の切符をさわっている
190円は ぼくをどこへ運ぶのだろう
折れ曲がった時間の角で 目を見開いている
遠く 月がぼくを見ている
だけど 誰も ぼくを知らない
白い風が吹いている
人間たちが風の声でしゃべっている
赤い月の夜は 一秒も狂わずに進行している
でも ハナミズキの薄桃色の花は
ぼくを知らない
遠く 月がぼくを見ている
だけど 誰も ぼくを知らない
片方の手は 乾いた海へ埋めてきた
折れ曲がった時間の角で 目を見開いている
落とした足を打ち消すように 歩く
打ち消した足を 見ずに 歩く
背中にあいた穴は 赤い月を映す
表参道交差点の地下迷路へ 月を誘い込む
いくつ階段を下りても また昇る
滲んだ月とぼくとは
少しだけ光りながら 不定形の夢のようにうずくまる
だけど 誰も ぼくを知らない
遠く 月がぼくを見ている
不定形の夢
滲んだ月
打ち消しても 打ち消しても
いつか 白い三日月の夕方 ここでカオリンを見た
路上のアクセサリー売り あの人がそうだったかもしれない
ささくれた優しさのあごをしたカオリン
なまぬるいものたちのむこうに 切り傷を
取り返しのつかないものたちのむこうに 残酷な自由を
いつもいつも要求していた 自分にもね
カオリン あの夏 2000年の夏
あのとき 死んだことになってから カオリン どうやって生きているの―
だけど 誰もぼくを知らない
雨で破れた紙ごみみたいに 何かに用があるわけじゃない
泣くことも 笑うことも
見つからない
赤い月の夜
だけど 誰もぼくを知らない
遠く 月がぼくを見ている
だけど 誰も ぼくを知らない
片方の手は 乾いた海へ埋めてきた
折れ曲がった時間の角で 目を見開いている
不定形の夢と見失った足が
ぼくを 見ている
滲んだ月の夜は 明るい
だけど 誰も ぼくを知らない
ぼくは 誰も知らない
ぼくは 誰も知らない
(mini-fumi 13号初出をアレンジした)