深夜層    
  キキ  

 

かじかんだ指先を舐めてみる

夜中に目覚めて空調を止めるのは
季節の変わり目の、ひと晩だけの約束ごと
冷たい床から足がはなれるたびに
覚醒していく、炭酸のような細胞は
背中から
新しい芽吹き
びっしりと窓にこびりついた霜のようにささくれが
立つ

深夜、こうしてわたしは夜にひるがえる

  *

いまでも爪を噛むふりをする
歯にあたる
そのしなる弾力を確かめるたび
わたしはいつでも夜に帰れるような気がしている

夜、というのは
置き去りにされた仄かな暗がり
そこでの交信のこと
温度は眠るひとの体温のように
どこか低く
水の流れる音がする

窓をこすり
爪のあいだに入ったしずくを舐めてみる
霧がけむるなかでは
地面は底ふかくに落ち
電灯と街路樹が
ぼんやりとした谷間をつないでいる

灯りの抜け落ちた一角で
手を振るひとがいても
わたしはそこまで歩いていく必要はなく
ただ手を振り返せばいいのだと
いまはおもう

水の流れる音だけが響き合い、満ちている夜には

  *

これ以上、ということは
現実のなかではほとんどありえない
波間もたえず揺らぎ
輪郭をかき崩す生き物となる

まるで冬の海水浴なら
漁火に向かってかき凍る手足は
泳ぎたりない子どもの、引きつりをすこし
取り戻すための
温度だとおもえばいい


毛布をかき寄せた
充足の向こうがわで

昨日までの、逆立てた理論を閉ざすためだろうか

水の流れる音がまだ
耳鳴りのように反射している

            初出:「詩学」2003年2月号

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